子どもの頃、私は運動がかなり得意だった。
走るのも速く、走り幅跳びもよく跳べたし、バスケットボールもそれなりにできた。そのことを少し誇りに思っていて、クラスの他の女の子たちは弱いな、と思っていた。
その優越感は、当時の私にとってとても本物だった。
でもある日、一つの事実に気づいて、はっとさせられた。
実は多くの女の子は弱かったわけではない。 ただ、前に出なかっただけだった。
思春期に体つきが早く変わった子たちは、あまり目立ちたくなかった。笑われるのも嫌だし、視線を集めるのも避けたかった。体育の授業では、どこか「遠慮モード」に入っていたのだと思う。
でも当時の私は、それを自分の勝利だと思っていた。
実際には、私より強い人がいなかったわけではない。 ただ、誰も競いに来なかっただけだった。
このことに気づいたのは、ずっと後になってからだった。もうその年頃は過ぎていた。
私は体の成長もゆっくりだったし、考え方もどこか一拍遅かったのかもしれない。当時はそれを自分の強みだと思っていた。でも実際は、ただ競技場が空いていただけだった。
こういう真実は、顔を叩くようなものではない。 ただ、自分を現実の位置に戻すだけだ。
多くの勝利は、自分が特別に強かったからではない。 条件がたまたま自分に向いていただけかもしれない。
多くの優越感は、背景が与えてくれたものにすぎない。
誰も弱かったわけではない。 ただ、あなたと争うことを選ばなかっただけだ。
本当の成熟とは、自分ができないと気づくことではない。 自分が持っていると思っていた優位の多くが、実は環境が空けてくれた場所だったと理解することだ。
もしかすると人生が本当に始まるのは、 自分が初めて本当の相手に出会ったときなのかもしれない。
—— 🎐 潯珩亂筆 | XC Scribbles · 壹佰伍拾肆 CLIV 📷