🎐 潯珩亂筆 145 - ✨急いで補わなくていい場所 今日は、ある年配の女性と一緒に食事

今日は、ある年配の女性と一緒に食事をした。

食事のあいだ、彼女は何度も補聴器の話をしていた。この話題は、実はもう何度も出ている。私はそのたびに、今の彼女の状態であれば、まだ必要ないかもしれないと伝えてきた。というのも、彼女の言う「聞こえにくさ」は、耳そのものが壊れているようには感じられなかったからだ。

私は中医学の専門家でもなければ、体系立てた理論を語れるわけでもない。ただ、人の爪や顔色、細かな仕草の中に、全体のバランスがずれている兆しを感じることがある。どこか一部が壊れたのではなく、身体全体が別のやり方で動いているような感覚だ。

私はずっと、身体は極めて精密な装置だと信じている。自分で調整し、回り道をし、ある場所で詰まり、別の場所で補い合う。

何千年も生きる古木を見たことがある。幹に残るねじれた傷は、幼い頃に雷に打たれたり、切られたり、無理に歪んで成長させられた瞬間の名残だ。けれど、まさにその欠けた部分があるからこそ、後にあれほど安定して立っていられるのだ。

ある感覚が鈍くなったり、曖昧になったり、以前ほど鋭くなくなるとき、それは別の感知の仕方を育てているのではないだろうか。退化ではなく、移行なのかもしれない。

そんなとき、私たちが急いで介入し、「直そう」とし、便利な補いを与えてしまうと、すでに始まっている自己調整の過程を遮ってしまうことがある。

便利さは、まだ働こうとしている機能を、静かに舞台の裏へ押しやることがある。それは能力が失われたからではなく、あまりにも早く置き換えられてしまったからだ。

私は技術を否定したいわけでも、道具を拒むつもりもない。ただ、「いつ手を出すべきか」「いつ見守るべきか」に、以前より慎重になっている。

補われるべきでない場所もある。

それは、なぜそのまま存在しているのかを、理解されるべき場所なのかもしれない。



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