🎐 潯珩亂筆 139 - ✨本棚は、どこへ通じているのか

かつて、世界で最も美しい図書館を紹介する本を買った。

私は本が大好きだ。本とは、三次元のホログラムを記録した平面ディスプレイのようなもの。一ページに、ひとつの世界。その事実に、私はずっと魅了され続けている。

その本の中に、スイスのザンクト・ガレン修道院図書館の紹介があった。写真越しに伝わるその荘厳さは、初めてシスティーナ礼拝堂を見上げた時の衝撃に勝るとも劣らないものだった。

ヨーロッパの図書館の多くは、言葉を失うほどに美しい。足を踏み入れるたび、まるで巡礼をしているような気分になる。床から天井まで積み上げられた宝物の山を前にすると、自らの知識という名の梯子を一歩ずつ組み上げなければ、到底あそこには届かないのだと思い知らされる。

時々、思うことがある。あの高い場所に鎮座する本たちは、寂しくはないのだろうか。あの高さまで辿り着く人など、滅多にいない。彼らは灰塵(はいじん)と旧知の仲になっているのだろうか。数世紀にわたる存在の中で、開かれ、無視され、忘れ去られた物語をどれほど見守ってきたのだろう。

ここ数年、中国各地にもモダンな図書館が次々と建てられている。しかし、そこを訪れる人々の多くは、本を読むためではなく「SNS映え」のためにやってくる。それは敬意を込めた参拝ではなく、浅薄な「足跡残し」に過ぎない。見栄えを良くするために、本棚には本ですらなく、ただ色が綺麗に並んだ「無字の本」が置かれていることさえある。空虚な華やかさが、本来あるべき歴史の重みを覆い隠してしまっている。

古い家屋も同じだ。古びているからという理由で、「コスト管理のしやすい新しい姿」へと修復される。歳月が刻んだ細部は消え去り、残るのは素早く乾かされた塗料の層だけだ。誰が物好きにも、本物の「旧さ」を修復するために多額の金と時間をかけるだろうか。ペンキを塗れば、手軽に新しい景色が出来上がるというのに。

結局、2026年の現代を見渡せば、安っぽい粗悪品か、精巧な偽物ばかりが目につく。かつては骨董屋に興味がなかった私が、不完全な場所へ、ますます足を運びたくなったのも無理はない。

なぜなら、そこだけにしか「時間」は本当に住んでいないからだ。

—— 🎐 潯珩亂筆 | XC Scribbles · 壹佰參拾玖 CXXXIX 📚

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