🎐 潯珩亂筆 124 - ✨抽象論は答えではない:高く飛ぶより、共に踏み留まること

かつての私には、悪い癖があった。

誰かが真剣に相談を持ちかけてきた時、私はついつい、大きな道理や概念、理論を持ち出してしまうのだ。抽象的に語れば語るほど、自分が物事を分かっているかのように振る舞える気がしていた。けれど、相手は決まって呆然とした顔をする。それは彼らが無知だからではない。彼らが知りたかったのは「世界がどう動くか」ではなく、「今、私はどうすればいいのか」だったからだ。

後になってようやく分かった。多くの哲学者たちが書き残したものは、そもそも問題を解決するためのものではない。それは一種の啓示であり、入口なのだ。自らそこへ足を踏み入れ、自分で穴を埋め、自分でその因果を引き受けるためのもの。

人生に模範解答などなく、誰かがあなたの代わりに因果を歩み切ることもできないからだ。しかし、残念ながら、誰もが啓示を求めているわけではない。

ある種の人々は、ただ地に足のついた答えを求めている。差し当たって間違っていない、そのまま実行できる方向性を。彼らにとって、抽象的な話は何の力も持たない。それどころか、人をより孤独にさせるだけだ。

私は見極めることを学び始めた。相手が求めているのは「思考」なのか、それとも「救命浮き輪」なのか。あらゆる場面で哲学がふさわしいわけではない。時には、人を高く飛ばせることよりも、その場にしっかりと踏み留まらせてあげることの方が、ずっと大切なのだ。



—— 🎐 潯珩亂筆 | XC Scribbles · 壹佰貳拾肆 CXXIV 🐑

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