🎐 潯珩亂筆 122 - ✨法則は答えではなく入口:詰まった時こそ、その場所が始まりになる

最近、Switchで謎解き系のゲームをたくさん遊んでいる。説明も、指示も、明らかなヒントもない、そんな不親切なゲームたちだ。

最初はすぐに詰まってしまった。何をすべきか分からず、構造も、攻略のための「クリックポイント」もどこにあるのか見当がつかない。行き詰まるたびに別のゲームに逃げ、それでも諦めきれずに、数日経ってまた戻ってくる。

攻略サイトは見ないと決めていた。けれど、複数のゲームで同時に行き詰まると、「自分がどんくさいだけなのか? なぜ一つも法則を見つけられないんだ?」という心の声が漏れてくる。

あの時期は少し自暴自棄になっていた。無駄にした時間を見ては、「もうこんなゲームに付き合ってられるか!」と憤慨(ふんがい)したりもした。

だがある日、その中の一つのゲームであることに気づいた。それは、全くヒントがないわけではなかったのだ。ただ、そのヒントがひどく繊細で、短かった。ある特定の場所で、一瞬だけ、ふっと光ったのだ。

その「またたき」は、決して答えではなかった。けれど、それによってゲーム全体に突然「方向」が生まれたのだ。

私は理解し始めた。このゲームの法則は「早く解法を見つけること」ではなく、「細やかに、待つこと」なのだと。

行き詰まり、手がかりがない時。見落としがちな重要なポイントが現れるのを待つ。自分が歩んできた道を一つの物語として繋ぎ合わせられるまで待つ。速度を落とし、手がかりが自ずと浮かび上がってくるのを待つのだ。

一度その法則を掴んでしまえば、ゲームはもはや支離滅裂な迷路ではなくなり、私を導いてくれるようになる。

その瞬間、すべてが見えた。法則(パターン)は答えではない。法則は「入口」なのだ。

「答え」は人を立ち止まらせる。けれど「法則」は、「ここから中に入って、見てごらん」と教えてくれる。

世界はずっとヒントを出し続けている。ただ、私たちに見せるのを急いでいないだけなのだ。自分は「詰まった」と思い込んでいたが、実はまだ、それが見える「角度」に立っていなかっただけなのだ。



—— 潯珩亂筆 | XC Scribbles · 壹佰貳拾貳 CXXII 🧩

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