🎐 潯珩亂筆 116 - ✨掃除は過程ではなく、注意という行為

掃除を「作業」としてこなす人がいる。

机を拭く、床を拭く、ゴミを捨てる。見た目が整えば、それで完了。指摘しなければ、どこにも問題を感じない。けれど少し奥を覗けば、隙間には埃、角には垢、家具の裏には時間と湿気が作り上げた小さな生態系がある。汚れは見事に完成しているのに、堂々と無視されている。

彼らは見えないのではない。見ようとしないのだ。

私は時々、自分が神経質すぎるのではないかと疑った。細部にこだわりすぎているのではないか。手放せないのではないか。

でも気づいた。私にとって掃除は潔癖ではない。真剣さなのだ。

普段は私も怠ける。毎日磨き上げるタイプではない。けれど本気で掃除するとき、私は別の自分になる。床に膝をつき、ゆっくり力を込めて拭く。長年の汚れを少しずつ削り取る。普段は目に入らない場所を光の下に引き出す。それは疲れたいからではない。掃除が「注意」の行為だと知っているからだ。

清潔とは負担ではない。愛情の形だ。

見過ごされてきた時間の痕跡を、少しずつ照らすこと。空間と向き合い、「あなたを見ている」と伝えること。そして同時に、自分にも気づく。「私はまだ、ちゃんと気にしている」と。

私にとって掃除は、単にきれいかどうかではない。それは関係の修復だ。空間との関係、感情の流れ、散らばったエネルギーを取り戻す作業。

表面だけ整えば十分な人もいる。でも私が求めているのは、取り繕われた空間ではない。きちんと向き合われた空間だ。



—— 潯珩亂筆 | XC Scribbles · 壹佰壹拾陸 CXVI 🧽

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