🎐 潯珩亂筆 097 - ✨水を聴く人

小学生の頃、ひとり親家庭の同級生がいました。  放課後、彼女には終わりのない家事が待っていました。

私はよく彼女の家に行きました。  手伝うためではなく、  彼女が作業する横で宿題をするために。

小さくて、ごく普通の空間でしたが、  不思議と落ち着く場所でした。

私が一番好きだったのは、  彼女が魔法瓶にお湯を注ぐ様子を見ることです。

部屋の中央に大きなポットを置き、  沸かしたばかりの熱湯を、  小さな口に向かって高い位置から注ぐ。

穴はとても小さいのに、  力加減も方向も完璧で、  水は揺れず、こぼれず、急がない。

さらに驚いたのは、  満杯になる直前で、自然に動きを緩め、  ちょうど縁で止めることでした。

ある日、私は聞きました。  「どうして、もうすぐいっぱいだって分かるの?」

彼女は静かにこう言いました。  「水がどこまで来たかは、音で分かるよ。見なくていい。」

その瞬間、私の中で何かが開きました。

感覚は分断されていない。  世界は目だけで理解するものではない。

強い近視でも、耳がとても敏感な人がいる。  言葉を聞くと色が見える人もいる。  目を閉じた方が方向が分かる人もいる。

それから私は、水を聴くことをやめられなくなりました。

生水、沸かした水、  泉の水、海の音、  素材ごとに変わる雨音。

静かになれば、  水の音はいつも違います。

それは特別な能力ではありませんでした。  ただ、開くことを許されていない感覚の扉だったのです。

私たちは「よく見ること」「考え抜くこと」を教えられますが、  世界は聴くことも、感じることもできるとあまり教えられません。

身の回りのどんな小さなものでも、  立ち止まることができれば、  別の理解へと導いてくれます。

あの日、彼女が教えてくれたのは、  魔法瓶の注ぎ方ではなく、’世界はずっと、  たくさんの声で私たちに語りかけている‘ ということでした。

ただ私たちは、  目だけで答えることに慣れていただけなのです。



—— 潯珩亂筆 | XC Scribbles · 玖拾柒 XCVII 💧

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