🎐 潯珩亂筆 091 - ✨自分の「習慣」を買い戻す日々:サブスクという名の巧妙な罠

あるアプリをしばらく使っていて気づいた。一番恐ろしいのは、価格の高さではなく、インターフェースが「こっそり」変わり続けることだ。昨日までそこにあったはずのボタンが、今日開くと引っ越したかのように消えている。メニューは失踪し、ボタンの名前は変わり、階層は再編される。画面の前に座る私は、まるで記憶喪失になったかのようだ。

さらに滑稽なのは、AIにデバッグを頼んでも、AIまでもが困惑していることだ。AIですら、最新バージョンの機能がどこに隠されたのか学習が追いついていない。結局、AIと二人で迷子になる。一人は「今どこにいるか」が分からず、もう一人は「今がいつか」が分からない。数秒で終わるはずの些細な仕事が、技術的な問題ではなく、「あの機能は一体どのサブメニューに隠されたのか?」を探すだけで止まってしまう。

そして、その先にさらなるオチが待っている。一日中格闘し、あらゆる回避策(ワークアラウンド)を試した末にようやく気づく。問題は、私が見つけられないのでも使いこなせないのでもなく、かつて「当たり前」だった機能が、いつの間にか「有料機能」に化けていたことだったのだ。

これが、現代のソフトウェアが編み出した集金の手口だ。最初は買い切り、次は年払い、そして月額制へ。その後は機能を細分化し、バラ売りにしてまた売りつける。最初から「金がかかる」とは言わない。無料で使わせ、習慣にさせ、依存させる。まるで「茹でガエル」のように。そのワークフローが日常になった頃、当然だったはずの利便性が突然消滅する。

「さあ、お支払いください。あなたの習慣を買い戻すために」。

私は立ち尽くして考える。金を払うべきか、それとも丸一日かけて、別の苦痛な方法でやり直すべきか。通行料を払うのを嫌がって、わざわざ一時間かけて遠回りし、赤信号を待ち続ける頑固なベテランドライバーのような気分だ。結局、ほとんどの場合、私は妥協して金を払う。時間を節約するためだ。だが問題は、一度払えば済む話ではないということ。それは底なしの沼なのだ。

新しいことをしようと思えば「たまたま」制限がかかり、やり方に慣れた頃には「たまたま」門が閉ざされる。これこそが、ビッグデータを駆使したビジネスの天才たちが裏で設計した、極めて精密なロジックなのだ。

一番悔しいのは、それが本当に「使いやすい」ことだ。金さえ払えば、そのアプリは世界で最もストレスがなく、スムーズで、美しく、効率的なツールになる。代わりになるものがすぐには見つからないほどに。だから私は毒づきながらカードを切り、不満を抱えながらも使い続ける。

ふと計算してみると、デジタルな日常を維持するために支払っているサブスク代は、もはやツールの域を超え、見えない「家賃」の列のようになっていた。私たちは単にソフトウェアを使っているのではない。あらゆる習慣に月額料金が発生する世界に住んでいるのだ。

やりきれないのは、金のことではない。感情や効率、そして「もう慣れてしまった」という感覚に背中を押され続けるこのリズムだ。罠だと分かっていながら、今はまだ離れられない。

私はアプリが嫌いなわけではない。嫌いなのは、「習慣」を「支払い義務」に変えるのがあまりに上手すぎるこの時代だ。私たちは、自分たちが作り上げられてしまったライフスタイルを維持するために、今日も代金を支払い続けている。



—— 潯珩亂筆 | XC Scribbles · 玖拾壹 XCI 🐸💸

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