🎐 潯珩亂筆 082 - ✨人のためでなくなったデザイン

あるとき、母と一緒に飛行機に乗った。  その頃、母はすでに認知症の前段階に入っていて、表面上は「まだできている」ように見えても、確実さは少しずつ失われていた。

飛行機のトイレは、普通の人にとっても狭くて不快だ。  でも母にとっては、未知だらけの迷路だった。

彼女が入る前、私の頭の中は不安でいっぱいだった。  ボタンを押し間違えないだろうか。  流す場所は分かるだろうか。  水は出せるだろうか。  手を洗ったあと、コップはどこにあるのか。  ドアはどうやって閉めるのか。  そして、どうやって開けるのか。

中はあまりにも狭く、二人で入ることはできない。  ドアを開けたままにもできず、外には人が行き交っている。  私は外に立ち、声だけで一つ一つ説明するしかなかった。

でもそのとき、私ははっきり分かっていた。  自分は何もコントロールできていない、と。

その瞬間、初めて気づいた。  デザインとは「美しさ」の問題ではない。  人が能力を失い始めたとき、世界がどれほど残酷になるか、という問題なのだ。

便座に敷かれているあの薄い紙一枚ですら、  どちらが前で、どちらが後ろか、明確な説明はない。  健康な人にとっては些細なことでも、混乱している人には、立ち止まり、疑い、不安になる原因になり得る。

あの狭い空間では、すべての物が関門になっていた。  そのとき、母がどれほど心細かったか、私はようやく理解した。

私が助けられたのは、目に見える困惑だけ。  目に見えない不安はどうだろう。  本人にも言葉にできない緊張や恐れは?

日常の多くの困難は、機能の問題ではなく、心理的な負担だ。  そしてその負担は、説明書には書かれていない。

外にいる私たちは、自分の理解の速さで他人を測りがちだ。  「どうしてそんなに遅いの?」  「なぜこんなことも分からないの?」

でも真実は単純だ。  見えないから、分からないだけ。

もしデザインが、若くて、健康で、反応の早い人だけのために作られているなら、それは静かに他の人を排除している。

本当に良いデザインとは、考えなくても使えるもの。  理解するために苦しませるものではない。

あの日以来、「賢そう」に見えるデザインから距離を置くようになった。  見た目が悪いからではない。  優しさが足りないからだ。

私たちは、もっとゆっくりになる必要がある。  自分を他人の状態に置き換えて考えられるほどに。

もし今日、迷っているのが私だったら。  混乱しているのが私だったら。  コントロールを失っているのが私だったら。  世界は、私に優しくしてくれるだろうか。

理解する前に、責めないでほしい。  多くの場合、相手が間違っているのではなく、  私たちが見えていないだけなのだから。

デザインも、人生も、同じだ。



—— 潯珩亂筆 | XC Scribbles · 捌拾貳 LXXXII ♿

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