🎐 潯珩亂筆 081 – ✨使いやすさのためではなく、人をランク分けするための美意識

ずっと不思議に思っていることがある。  なぜ「トイレ」という、こんなにも単純なものまで、  こんなに分かりにくくなってしまったのだろう。

考えたくもないほど切羽詰まった瞬間に、  人は直感を求めている。  それなのに、いつの間にかトイレは知的パズルのような存在になっている。

最初は、私も理解しようとした。

キリン🦒とゾウ🐘。  体の大きさ? 首? 性別を暗示するメタファー?  ドアの前で、膀胱より頭のほうが忙しかった。

次に現れたのは H と D。 ドイツ語を知らなければ、完全に霧の中だ。  無知なのではない。  ただ「知っていて当然」という前提が置かれているだけ。

そして、オンドリ🐓とネコ🐱。  そこで私は完全に理解を諦めた。  これは分類ではなく、もはや創作だ。  しかも説明書なしの。

スカートやズボンで分けるのは時代遅れで失礼だ、という意見も分かる。

でも、問いはそこではない。  最低限の「分かる」が失われたとき、  私たちは一体、誰を尊重しているのだろう。

デザインとは、本来、 理解の負担を減らすためのものだ。  デザイナーの賢さを証明するためではない。

けれど今の世界は逆を行く。  シンプルなものほど複雑にされ、  直感的な機能ほど「高級な美意識」で包まれる。

複雑さは洗練に見える。  洗練は価値に変えやすい。

だから私たちは、  トイレに行くのにも謎解きをし、  生活の中で常に「自分が分かっていないのでは」と疑う。

本当に思う。  これは自業自得なのだろうか。

一言で済むことを論文にし、  一目で分かるものを暗号にする。

もしトイレに行くにも文化資本が必要なら、  この世界は、きっともう疲れている。



—— 潯珩亂筆 | XC Scribbles · 捌拾壹 LXXXI 🚻

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