🎐 潯珩亂筆 054 - ✨ サービスされすぎて、疲れる

私は、あまりファインダイニングが好きではない。

高いからではない。  忙しすぎるのだ——  「世話をされること」に。

皿が温まりきる前に交換。  フォークを使った瞬間に回収。  グラスの水を一口飲めば、すぐ補充。

食事が終わる頃、  私が食べたのは料理ではなく、  「上流階級の食事儀式」だった。

このルールがどこから来たのかは分かっている。  貴族社会の名残だ。  清潔、体面、配慮、そして明確な序列。

でも、今も本当に必要なのだろうか。

食後、  私は上等になったわけでもなく、  ただ、より多く中断されただけだった。

さらに滑稽なのが包装だ。

日本で小さなケーキ🍰を買うと、  手のひらサイズなのに、  余分なカトラリー、  紙皿、  何重もの包装が付いてくる。

理由はいつも同じ。  「お友達と分けるかもしれないから。」

この「かもしれない」が、  すべての資源浪費を私の代わりに決めてしまう。  水、人手、電力、紙——  すべては「私たちはどれだけ親切か」  「どれだけ行き届いているか」を演出するために使われる。

でも正直に言えば、  本当に分けたければ、  私は自分で考える。

皿がなければ、ナプキンでいい。  ナイフがなければ、半分に割ればいい。

人間の頭は、  即興のためにある。 「あなたは何もできないから、  全部こちらで用意します」  と前提されるためではない。

この過剰なサービスは、  思いやりではない。  不信だ。

顧客の判断力への不信。  人間の即興性への不信。

こうして私たちは、  どんどん手厚く扱われ、  同時に、  どんどん不器用になっていく。



—— 潯珩亂筆 | XC Scribbles · 伍拾肆 LIV 🍽️

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