🎐潯珩亂筆 041 - ✨今年のクリスマス、贈り物は少なめに

クリスマスは、  気づかないうちに、またやってきた。  デパートでは相変わらず同じベルの音楽が流れ、 なぜか身体はまったく動きたがらない。

これまでの私は、この時期になると真面目にメモ帳を開き、  「贈るべき人リスト」を作っていた。  家族、友人、同僚、  親しくもないけど、贈らないと変な人たち。

予算を計算し、物を選び、包んで、ラベルを貼る。  まるで一人だけのクリスマス物流センター。

でも今年は、まったくやる気が出なかった。  愛が減ったわけじゃない。  むしろ今年は一年かけて自分をちゃんと大事にすることを学び、 その中で少し残酷で、でも可笑しい事実に気づいた。

贈り物の本質は「気持ち」。  そして気持ちは、金額では測れない。

時間をかけて書いた一枚のカードは、  何となく買った物より重いことがある。  本気で一緒にご飯を食べる夜は、  数秒で注文した香水より誠実なことがある。

こういう話は、  スピリチュアルな本に書いてあればみんな頷く。  でも現実で実行すると——  「去年はあったのに、今年はない」  その瞬間、誰もスピリチュアルではなくなる。

あなたから贈り物をもらうことに慣れている人から見ると、  あなたは何も間違っていない。  それでも突然、  「ちょっと減った人」  「もしかして、もう気にしてない?」  という存在になる。

これが、いわゆる「いい人」の難しさ。  特に、毎年ギフト KPI を背負っているいい人は。

一度止まると、  世界は「借りがある」と感じる。

だから今年、私がしたいのは「贈る」という行為をもう一度定義し直すこと。

贈らないのではなく、  「数と値段」から「真心と在席」へ。物は少なくして、  言葉を増やすかもしれない。  手書きのカードかもしれないし、  私たちだけが分かる長いゴミみたいなメッセージかもしれない。 スマホを見ずに歩く、  ちゃんとした散歩かもしれない。

慣れない人もいるだろう。  心の中で「今年、縮水した?」と計算する人もいるかもしれない。

でもいい。  誰かが最初に立ち止まらなければ、  「ギフト工場モード」から「人と人は何を交換しているのか」  という原点には戻れない。

今年の私のいちばんの願いは——  身近な人たちが、少しずつ分かってくれること。

贈り物は、  私があなたに借りているものじゃない。  私が「自分の一部」を分けたいと思ったときに渡すものだ。

もしある日、  私の小さなカード一枚が、  大きな荷物より嬉しく感じられたなら——  それが、私の過ごしたいクリスマス。



—— 潯珩亂筆 | XC Scribbles · 肆拾壹 XLI 🎄

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