🎐 潯珩亂筆 031 - ✨知り合いは、見知らぬ人より扱いづらい

最近、ちょっと可笑しなことに気づいた。  人は見知らぬ人にはとても寛容なのに、  知り合いに対してはまったく別の審判モードを起動する。

ブログに何かを書くとき、  匿名の世界なら私は全然気にしない。  偏っていても、変でも、ふざけていても、  「はぁ~自由。これが自由の味。」と思える。

でも、それを知り合いの多いSNSに投稿しようとすると、  心境は一瞬で「入国審査」。  この一文は誤解されないかな?  あの一言は誰かに当てはまらないかな?  この段落、誰かが「自分のことだ」と思わないかな?

何も悪いことをしていないのに、  知り合いの視線は言葉の外側に立つ見えない審査官みたいに、  黙って点数をつけてくる。

匿名は悪にも自由を与える。  でも、善にも自由を与える。 悪い人がやりたい放題になる一方で、  良い人がようやく演じなくて済む場所でもある。

「人設(キャラ設定)」って、結局何だろう?  知り合いの好感を失うのが怖くて、  自分に着せたプラスチックの外皮じゃないか。

人生の皮肉はここにある。  見知らぬ人は、その外皮なんて気にしないし、  知り合いも、  あなたのむき出しの本心を本当に気にするとは限らない。

だから問題は、  プラットフォームでも、匿名でも、知り合いでもない。

問題はただ一つ。  私は、本当の自分を世界に見せたいのか?  それとも、  誰かの中にある「安全な私」を守り続けたいのか?

自由はネットがくれるものじゃない。  匿名は迷彩でもない。

自由とは——  演じるのを、  やめられるかどうかだ。



—— 潯珩亂筆 | XC Scribbles · 參拾壹 XXXI 🎭

‹ 🎐 潯珩亂筆 032 - ✨あの三つ編みの温度

🎐 潯珩亂筆 030 - ✨山を迷いながら登るという技術 ›

YouTube
X
Threads
Instagram
YouTube
X
Threads
Instagram
http://sss.com